#4 自分は何者か

「これ持っていきなさい」スイス留学前に父から渡された一冊の本。

日本からスイスまで直行便で約12時間のフライト。

私はその本をサラッと読み解くことが出来ず、苦労の末になんとか完読したと思ったら着陸し、留学生活が始まった。

スイスはヨーロッパの中央に位置し、ドイツ・フランス・イタリア・オーストリア・リヒテンシュタインの5ヶ国に囲まれている珍しい国だ。

私の通ったルツェルン大学にも様々な国籍の先生と学生たちがいて、切磋琢磨する毎日が超刺激的だった。

公用語はドイツ語だが、ヒートアップするとみんな母国語が混じる。

けど日本人(私)だけはいくら興奮しても日本語が混じることはない。

「ヒロタカはなぜ母国語を話さない?日本語が嫌いなのかい?」

呆気に取られた。

「え、日本語分かるの?」

「分かるわけないだろう、けどヒロタカが日本語を話しているのを聞いてみたい。それに大体何を言いたいかはその人を見れば分かるさ」

何語で何を話すか考えている間に時間は過ぎてしまう、何語でもいいからとにかく口を動かす、とのアドバイス。

青天の霹靂。

音楽のレッスンでは、自分を信じることが音楽表現の核心だと教わった。「ヒロタカはそんなにサックスを上手に吹くのに、なぜ自分の能力をありのままに認めないのか…自分の演奏が嫌いなのかい?」

先生は決して怒っていない、むしろ冷静だ、純粋な疑問だったのだ。

《謙遜することは美徳では?驕り高ぶることは良くない。ありのままとは?》

鏡張りの練習室で何度も自問自答してひたすらに練習した。

私の留学は、西洋の文化に触れて知見を深めることはもちろんだが、同時にその異国で「自分とは何者なんだ」という内省の繰り返しであった。
修士論文が無事認定され、お祝いに先生方がパーティを開いてくれた。

「ヒロタカ、これからどうするんだい」

「日本に帰ってもう一度日本のこと(自分のこと)を勉強しないといけない気がしています」

「それは面白い、ぜひヒロタカの愛する日本に行きたいな」

白ワイン片手にスイス伝統のチーズフォンデュを楽しんだ。

この夜は格別だった。

留学を終え帰国の途に就く。

飛行機で父から貰ったその本をもう一度開いた。

三島由紀夫の「葉隠入門」。

留学前に読んだそれとはまるで違う本を読んでいるようだった。

命は有限だ。

私がこれからなにをすべきなのか、何をして生きていくのか…

考えていたらふと頬が濡れた。

隣席のスイス人がハンカチを差し出してくれた、今でも忘れない、その人はその本を知っていた、日本語も堪能で博学な紳士だった。

私は日本人なのに日本のことを何も知らない、無知を恥じた。

「日本人としてのアイデンティティを持って行きなさい」父の留学前の助言が頭に浮かんだ。

それは自分の性格や能力をありのままに受け入れ、それを肯定して、かけがえのない自分を大切にすることだった。

私は日本に帰り、地元福島に恩返しをしたい。

そして今まで無償の愛で応援してくれた家族を大切にしたい。

今すぐにやらなければいけない、そう思った。

やっと私の中の《自分》が私を信じてくれた気がした。

芳賀大峰